巡る時代

時代とともに変わるものと変わらないもの

むか〜しむかしの人達は、石斧で猟をしたり、火をおこすのに何時間もかけたりして、その日その日を命がけで生きていました。

 

江戸時代くらいになると、相当な知識が蓄えられて、生活はだいぶ便利になりました。

 

でもそれも江戸時代の人たちが過去と比べたときに感じるものに過ぎません。

 

昭和初期の人たちから見れば、江戸時代はとても不便だったろうと思ったはずです。

 

そして、平成に生まれた人たちから見れば、昭和という時代は色々と不便だったんだな、と思うことがよくあるかと思います。

 

さらに、あと何十年からすれば、「平成なんて大変だったんだろうな」と思う時代がくるかもしれません。

 

時代はどんどん変わっていきます。

 

 

生活の利便や科学・医学だけでなく、流行も変わります。

 

音楽の流行も、ファッションの流行も20年前と今とではだいぶ異なります。

 

そして、文化や流行が変化していくなかで人々の常識感やものの考え方さえ変化していきます。

 

 

昔は教育上の体罰はごく当たり前のものというのが世間一般の人たちの考え方でした。

 

平成生まれの人たちから見たら、考えられないかもしれませんが、昔は教育上での本気に近い暴力はよくありました。

 

今では、どんな理由があろうと教育上の体罰・暴力は許されません。

 

それが世間の常識になっています。

 

 

 

そのように時代によって色々なものが変わっていくわけです。

 

でも一方で時代が変わっても変わらないものというのもあるのです。

 

たとえば、おばちゃんが若かったとき、私たちと同じように恋をしたことでしょう。

 

誰かと心の交流を持つことが、とっても価値があるということ、そのことは時代が変わっても変わりません。

 

 

 

もしかすると、他の国の国民性が理解出来ないと感じるとき、それは文化や流行が違うだけの話なのかもしれません。

 

日本でもひと昔前は、環境についての認識も甘く、道徳観も今ほどしっかりしていなかった時代があったように思います。

 

今の日本人からみて、近隣の他国の言動が許しがたいと決めつけることは簡単で、それらを理解することの方が価値あることかもしれません。

 

そういったことについても、時代による違いを考えていくことで新しく何かを発見できそうに思いますね。

 

そう、例えば、国が変わっても人と人との交流に価値があることは変わらない、というように。

 

 

このサイトでは、時代によって変わった何かをテーマにして色々な記事を書いていきたいと思います。

 

あくまで気まぐれでマイペースな記事になるかと思いますが、早速はじめていきます!